クラシック音楽の森



J・S・Bach/『ブランデンブルク協奏曲』
これは2007年4月21日イタリアのレッジョ・エミリア、ヴァーリ市立劇場で収録された『ブランデンブルク協奏曲』全曲のライブ映像で、クラウディオ・アバド自身が設立した若きオーケストラ、オーケストラ・モーツァルト(モーツァルト管弦楽団)との演奏である。

『ブランデンブルク協奏曲』の思い出のようなものを少々書くと、私が就職して2年後の転勤ではじめて東京を離れて単身生活をすることになった時、その無聊を紛らわすために聴くようになったのがJ・S・バッハであり、なかんずく『ブランデンブルク協奏曲』や『管弦楽組曲』だった。バッハというと古めかしく、近寄り難いと考えていたのだが、この2曲はそんな思い込みをくつがえすに足る華やかで、親しみやすい音楽であった。当時はエラート・レーベルでパイヤールが手兵のオーケストラを率いて活躍中で、とりわけ『ブランデンブルク協奏曲』は、トランペットのアンドレ、フルートのラリュー、オーボエのピエルロ、チェンバロのヴェイロン・ラクロワなどの名手たちとの新録音などは発売を待ち焦がれて、それこそ購入したLPレコードを擦り切れるくらい愛聴したものであった。

時移り、バロック音楽もピリオド(オリジナル)楽器による演奏が全盛を迎え、ピノック、コープマン、ガーディナー(録音は管弦楽組曲のみ)などのCDも購入して繰り返し聴いた。これらの演奏は、以前の演奏に比べると音楽が非常に歯切れがよく、清々しいものになっている点が特徴である。そしてピリオド(オリジナル)楽器による演奏は次第に従来現代楽器を使う奏者にも影響を与えて、その混交のような演奏が現れてきた。

そのような流れのなかで、指揮者のクラウディオ・アバドが若き奏者たちを指揮した全曲録音をDVDで視聴できたことは、二重の意味で感慨深かった。ここでのアバドはいつものように指揮棒を持たず、ことさら大きな身振りで指揮はしないながら、自身も一緒に音楽を愉しんでいるという印象が強い。だから、演奏者たちも愉しみながら生き生きと自分たちの音楽を思い通り弾いているから、それが全体として自発性と愉悦感溢れる爽やかな全曲に仕上がっている。何回視聴しても自ずと癒される稀有な全曲盤である。

全6曲は楽器編成も多彩であるから、1→3→5→6→4→2番の順序も視覚的にも音楽的にもよく考えられたものである。若い演奏家とはいえ、メンバーを見るとルツェルン音楽祭管弦楽団やグスタフ・マーラー・ユーゲントオーケストラに属する腕っこきが入っている。加えてトランペットのラインホルト・フリードリヒ、リコーダーのミカラ・ペトリ(一時はリコーダーの妖精と騒がれた女性演奏家であるが、今もって容姿端麗で演奏も達者である)、フルートのジャック・ズーン、チェロのマリオ・ブルネロ、チェンバロのオッターヴィオ・ダントーネ、そしてコンサートマスターとしてジュリアーノ・カルミニョーラ、と名手を揃えていて、彼らの演奏もさすがアバドの意を体して流麗な音楽を聴かせてくれる。この全曲盤はブルーレイでも発売されていて、レコーダーを持っていればブルーレイ盤で是非とも繰り返し聴きたい名盤である。

(BD輸入盤 medici arts)
Beethoven/Mendelssohn『ヴァイオリン協奏曲』
ヴィクトリア・ムローヴァ(Vn)、ガーディナー指揮ORR(オルケストル・レヴォルショネール・エ・ロマンティーク)

あまりにも有名なヴァイオリン協奏曲2曲の最新録音盤である(2002年6月録音)。
独奏者とバックの組み合わせが何とも絶妙である。チョン・キョン・ファ、アンネ・ゾフィー・ムッターと並んで、当今の世界的な女流ヴァイオリニストの一人であるムローヴァが独奏、ガーディナーが19世紀の音楽を演奏するために組織したピリオド楽器の団体ORRが共演する。

このロシア出身の閨秀ヴァイオリン奏者は硬質でありながら透明な響きを聴かせるが、近年その成熟とともに芸風に変化を見せて、ピリオド楽器の奏法を取り入れてきている。今回の演奏でも当時のガット弦を使用しているようである。
したがって、ベートーヴェンの交響曲全集やピアノ協奏曲全集を完成させているガーディナー指揮ORRとの共演は願っても無いもの。

一聴して、ムローヴァのヴァイオリンが非常にしなやかで、聴くものを引き付ける。とくにメンデルスゾーンは聞かせどころをたっぷりと歌わせて、通俗名曲の感すらあるこの曲をこぼれんばかりの美音で響かせる。こんなムローヴァは聴いたことが無い!

勿論曲から言ったら、ベートーヴェンの方が合っていて、この大曲とがっぷり4つに組み、堂々たる演奏を聴かせる。信じられないことだが、これが彼女の初録音である。

しかし、毎度のことながら、ガーディナー指揮ORRのバックの付けのうまいこと!ピリオド楽器とは思えないほど良く音が鳴っている。

これはこの2曲の代表盤となるだろう。

(フィリップス 国内盤 UCCP1075 輸入盤 473 872−2)
Bruckner/『交響曲第8番』
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団(NDR)

2002年に90歳という高齢で亡くなったドイツ音楽の巨匠ギュンター・ヴァントが、その晩年に毎年北ドイツ放送交響楽団(NDR)のコンサート指揮を執って話題を集めたシュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(リューベック)のライヴ映像シリーズ全8巻が2005年7月から順次発売された。

お得意のブルックナーの交響曲が第4番から第9番まで揃っていて、全部欲しいくらいだったが、とりあえず壮麗な教会伽藍を思わせる第5番か、ブルックナーの至高の、いや交響曲の最高峰に位置する第8番か随分迷った挙句、2000年7月の最新映像で、かつ16:9のレターサイズであることが決め手になって、第8番を購入した(ベルリン・フィルとのCDライヴ録音も超名盤だったこともある)。

視聴し始めたら、その深遠でかつ雄大な音楽に惹き込まれ、一気に全95分を視聴し終えて、大変な感動を覚えた。同年11月の来日公演の第9番(シューベルト『未完成』付き)もビデオで視聴して、その深く、完璧な演奏には驚愕したのだが、このDVDも同じ、いやそれ以上である。

ヴァントは当時88歳、足は弱くなっているのであろう、指揮台と舞台袖との間の往復には人の手を借りて歩き一見弱々しいが、一旦指揮台に立つと椅子にも座らず、別人のようにしゃきっとして眼光炯炯、年齢を少しも感じさせない的確で細かい指示を出して、指揮し続ける。オーケストラもそれに敏感に反応して、まことに精度の高い演奏を繰り広げるから、この交響曲の美点が余すところなく素晴らしい音楽と映像になっている。解像度の高い映像も十分満足すべきものである。

演奏終了後会場の聴衆は数十秒の間声も出さず余韻に酔い、それから大きな拍手と歓声に包まれて、スタオベのうちにこの映像は終わる。このような演奏の映像を見せられると、ますますシリーズの他のDVDも視聴したくなり、頭が痛い。

(TDK TDBAー0077 DVD) 
F・Gulda/『Concerto for myself』
グルダ(指揮・ピアノ)北ドイツ交響楽団

2000年に亡くなったウィーン出身の名ピアニストF・グルダはジャズにも傾倒した異色の音楽家として有名だが、これは彼がクラシックとジャズのコラボレーションを目指して作曲した作品の自作・自演のライヴである。
ミュンヘンフィルとの初演のライヴが入手できなかったので、CD化を待ち望んでいた曲であったが、何と思いもかけないとことからCDが新しく出た。北ドイツ放送交響楽団の自主制作盤である。1993年の5月、ハンブルグでのライヴ。

第1楽章はもうまさにジャズののりで音楽が進行し、終了した途端に盛大な拍手が沸き起こりる。
第2楽章は一転して『ラメントフォーU』、Uのための悲歌で、痛切な悲しみが綴られる。第3楽章はフリーカデンツァ、全くの即興演奏。そして第4楽章はロンドフィナーレ、これでもかとばかりに盛り上がって終わる。
実は1991年のベルリンフィル、1992年のウィーンフィルとの共演のライヴがFMエアチェックのカセット・テープで残っているのだが、今回の演奏はそれに勝るとも劣らないもので、十分渇きを癒してくれた。

ただ、ベルリンフィルとのライヴはさすがに世界のオーケストラの雄、グルダの指揮とピアノに一番敏感に反応して乗りに乗った演奏を繰り広げている。
願わくはこの演奏がCD化されることだが、難しいのかもしれない。

なお、この盤にはBeethovenのピアノ協奏曲第4番も収められており、Mozartと並んでグルダが得意とした作曲家であるだけに、これも素晴らしい演奏である

ただ、このCD、原盤作成時のものと思われるノイズが一部にあることは残念である。

(輸入盤 NDR A256 406)
Gluck/歌劇『トーリードのイフィジェニー』
マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

グルックは名のみ有名だが、意外とその作品に接する機会は多くない。小生も今まで『オルフェオとエウリディーチェ』しか知らなかった。

この作品、オペラの改革を目指したグルックが最晩年に作曲した音楽悲劇で、有名な『イーリアス』の主題となったトロイア戦争に関係している。

指揮者のミンコフスキはフランス・イタリアのバロック音楽で名を上げている人で、オリジナル楽器を用いたその溌剌とした音作りが魅力的である。

一聴してとても新鮮で生き生きとした演奏である。しかし、何よりも驚いたのは19世紀オペラを先取りするような斬新さである。
伝統的なレチタティーヴォではなく、ドラマに緊迫感を与える歌が次々と続き、アリアもその中の一つにしか過ぎない。
歌手・オーケストラとも粒よりのメンバーが揃って繰り広げられるこの全曲盤は愛聴盤の一つになるであろう。

ちなみに、この盤は昨年度のレコードアカデミー賞の大賞を受賞している。

(アルヒーフ UCCA 1024〜1025)
Handel/『エジプトのイスラエル人』
アンドリュー・パロット指揮タヴァナーコーラス&プレイヤーズ

ヘンデルというと、すぐ『メサイア』というくらい人気はこの曲に集中している。しかし、ヘンデルにはオラトリオという形式で他に多数の優れた合唱曲が存在している。『ソロモン』『イエフタ』『アレキザンダーの饗宴』『サウル』等々、枚挙に暇が無い。

その中でも傑出しているのが、この『エジプトのイスラエル人』である。全曲を殆ど合唱で占めるという珍しいものだが、劇的な合唱が次々と繰り広げられ、一度聴き出すと止まらない魅力的な音に溢れている。

旧約聖書の出エジプト記に題材を採り、現行の版は多くは、第1部『出エジプト記』、第2部『モーセの歌』からなる。

小生は最初サー・ジョン・エリオット・ガーディナー指揮EBS&モンテヴェルディ合唱団の1989年の来日公演での名演で、この曲の素晴らしさを知り、その後に出たCD(Philips 輸入盤432 110−2)で楽しんできた。ところが、よく解説を見ると、現行では削除されたが、第1部として『ヨセフの死を悼むイスラエル人の嘆き』があって、これはキャロライン王妃のための葬送アンセム『シオンに至る道は悲しみ』を流用したものだという。

だとすれば、コレクションにあるサー・ジョン・エリオット・ガーディナー指揮の旧盤(管弦楽のみモンテヴェルディ管弦楽団で異なる)にはその原曲が収められていた訳だ(エラート 輸入盤 0927−41394−2)。迂闊であった。早速聴いてみると、これまた素晴らしい合唱の連続。どうしてヘンデルがこれをカットしたか分からない。ただ、惜しむらくはまだピリオド楽器のEBSを組織する前だったから、管弦楽が今ひとつ物足りない。ピリオド楽器のあの軽やかさに欠ける。良いピリオド楽器のオーケストラで全曲を聴きたいものだと思っていた。

その願いがこの演奏で叶えられた。アンドリュー・パロット指揮のこの真の全曲盤は、起伏豊かに、しかし軽やかに、合唱と管弦楽が一体となって至福の世界を作り上げる。これはヘンデルの作曲技法の粋が集められた稀に見る傑作である。ガーディナーの陰に隠れてわが国では今ひとつ名前が上がらないパロットであるが、真の実力は看過できないものがある。この人の他のバロック音楽は全て要注意だ。

(Virgin 輸入盤 5 62155 2)
Mahler/交響曲第6番『悲劇的』
アバド&ルツェルン祝祭管弦楽団

大病を克服して再起したアバドが、あらたに組織したルツェルン祝祭管弦楽団を指揮して2003年以来はじめたマーラー・チクルス(シリーズ)は、第2番『復活』、第5番、第7番『夜の歌』に続き、今回は第6番『悲劇的』のDVDである。

アバド・ファンとしてはあの笑顔とよく歌うしなやかな指揮振りが視聴できるのみで十分満足であるが、今回はマーラーの交響曲中、私がもっとも好んで聴いてきた第6番『悲劇的』。ベルリン・フィルとの再録音盤CDが2005年に発売されたばかりであるから、このように早くルツェルン祝祭管弦楽団とのDVDが出るとは嬉しい誤算である。2006年8月10日の演奏会から収録とあり、一昨年の第7番『夜の歌』のように二日間の演奏会を編集したものではないようである。

基本的な解釈はベルリン・フィル盤と変わらないが、より柔軟で音楽をする悦びに溢れている。通常の演奏順序とは異なり、第2楽章にアンダンテをおき、第3楽章にスケルツォを持ってくるやり方は、はじめは馴染めなかったけれども、この入れ替えによりアンダンテにさらに豊かな歌謡性が加わり、きわめて芳醇・美麗な味わいのあるものになった。スケルツォも冒頭の出だしから緊迫感がひしひしと伝わる。

そして圧倒的なスケールのフィナーレ!指揮を終えた後のアバドはしばらくじっと胸に手を当てて音楽のミューズに感謝の祈りを捧げているように見えた。その間静かに待つ観客のマナーの素晴らしさ。その後観客の歓喜が爆発して、盛大な拍手とスタンディング・オヴェーションが続き、視聴している方も大変幸せな気分になった。それにしても、アバドの笑顔の何と爽やかで、清々しいことか!

(ジェネオン GNBC1025 DVD)
Mozart/ピアノ協奏曲第17番、第21番
M・ポリーニ ピアノ演奏&指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

一言で言えば、この二つの長調のピアノ協奏曲の決定盤とも言える愉悦感溢れる素晴らしい演奏である。ライブ録音での演奏と指揮のためか、時折ポリーニの唸り声(?)も聴き取れるのは珍しいことである。それだけあの冷静なポリーニがのって演奏をしている証拠であろう。第17番はモーツァルトの歌劇『魔笛』のパパゲーノのアリアに似た、チャーミングで愛らしいメロディが次々と流れる曲である。彼が飼っていたむく鳥が第3楽章のメロディを歌ったという逸話があるそうだが、それもなるほどと思わせる。ポリーニはまろやかなタッチのピアニズムで、その音楽の魅力を余す所なく弾ききる。円熟などという言葉はポリーニには似つかわしくない。とてもありきたりの表現では言い尽せない滴るような瑞々しさである。

第21番は、第2楽章が映画(『みじかくも美しく燃え』だったか?)のサウンドトラックに使われた抒情的な名曲である。そのアンダンテも心のひだに染み入って来るようなきわめて流麗かつ細やかなもので、何度聴いてもうっとりとしてしまう。第1、第3楽章は対照的に華やかでスケールが大きい。なお、最後に拍手が入っていて、ライブ録音だったとあらためて気づく。

(DGG 輸入盤 0289 477 5795)
Mozart/歌劇『フィガロの結婚』
カール・ベーム指揮 プライ(Br)、ポップ(S)、バルツァ(Ms)、ウィーン国立歌劇場合唱団、ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1980年来日公演)

発売をこれほど心待ちにしていたDVDもそうそうあるものではない。だから、これは感想というより、永年貧弱なカセット録音のみで愛聴していた音楽が、27年も前とは思えないほど鮮やかな音と映像が一体となったディスクで視聴出来た悦びを簡単に書くのみである。

指揮者カール・ベームは86歳、最後の来日公演をこのウィーン国立歌劇場と得意の『フィガロの結婚』で、しかもプライ、ポップ、ヤノヴィツ、ワイケル、バルツァというウィーンの現地でも滅多に実現できないような豪華な顔ぶれで飾ってくれたのは何より嬉しいことである。もちろん、椅子に座ったままの指揮であるが、晩年の特徴である遅いテンポも気にならない生気に富んだ音楽である。

視聴しているとあの歌のときはこういう演技をしていたのかと思うような面白さが続くが、プライとポップがとにかくうまい。豊かな声と溌剌としたプライのフィガロ、滅法チャーミングでコケテッシュ、容姿も声も美しいポップのスザンナ、ノーブルでいながら茶目っ気もあるヤノヴィツの伯爵夫人ロジーナ、あやしい中性的な魅力をふりまくバルツァ、好色でいながら威厳もあるワイケルのアルマヴィーヴァ伯爵と、主演者たちは本当に素晴らしい。加えて、脇役も高水準の歌手で固めているから、なおさら合唱が生きる。

映像は暖色系であるが、当時の水準としては驚くほど鮮明である。音は映像と別に録音したステレオ録音を最新技術でシンクロさせたそうで、深みもある。二、三箇所映像と音に揺れや雑音があるが、このDVDの価値を減じるようなものではない。当分このフィガロの結婚の音楽が頭の中で鳴り響きそうである。

(NHKエンタープライズ NSDS−9492 DVD)
Mozart/歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』
ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/ウィーン国立歌劇場合唱団
マーシャル(S)、マレイ(Ms)、アライサ(T)、モリス(Bs)、バトル(S)、ブルスカンティーニ(Bs)

これは1983年ザルツブルク音楽祭のライヴ映像である。ライナーノーツによると、ミヒャエル・ハンペ演出、ムーティ&ウィーン・フィルによるこのプロダクションは82年以来大評判になり、4年連続で上演され、さらに数年後にまた再演されたものという。同じTDKコアから既に発売済みのレヴァインの『魔笛』(TDBA−0094)も大好評で同時期に続けて上演されていたものだから、モーツアルトのオペラはザルツブルグ音楽祭では定番のレパートリーとはいえ、ベームとカラヤンの並立時代に比べてカラヤン帝王時代のオペラは一層充実したものだったと言えよう。カラヤン自らも、『ドン・カルロ』『アイーダ』『ドン・ジョヴァンニ』『ばらの騎士』など晩年の大作を送り出していた。

当時遅咲きながらようやくオペラの魅力に目覚めて、LPレコードのみならず、FMのオペラ放送を苦労しながらせっせとエア・チェックした頃である。レコーダーは当初カセットデッキのみだったから、長時間もののオペラは片面最大45分ではほとんど入りきらない。そこで、FM雑誌と首っ引きで録音計画を立てて、FMチューナーとデッキにかじりついて録音したものである。拍手の合間を狙って、カセットを裏返す時は冷や汗物だったが、うまく成功した時の快感は言うに言われぬものだった。

話が余談になったが、この『コジ・ファン・トゥッティ』は、そのなかでもとくにムーティ指揮ウィーン・フィルの組み合わせによるこの演奏が、きりりと引き締まったなかにも溌溂かつ清新であり、それでいてモーツアルト特有の繊細で優美な美しさを併せ持った大変素晴らしいものだったから、完全に魅了されて、何度も繰返し聴いた記憶がある。まさかこの演奏を映像で観ることが出来るとは思いがけなかった。

今回の映像は83年の収録で、一部にマスター・テープに起因する映像のゆれや音の歪みがあるが、DVD鑑賞にはまったく差し支えない。かえって、この年代の録画としては高い水準にあると思う。ハンペによる演出は、背景にナポリ湾を配し、このオペラの一つの特徴である左右対称に徹した、南国的な明るさと優雅さに彩られた装置を巧みに生かしていてオペラを観る楽しみも味あわせてくれる。歌手もマ−シャル(S)のフィオルディリージやアライサ(T)のフェルランド、そしてキャスリーン・バトル(S)のデスピーナなど豪華な配役で、演技・歌ともどもモーツアルトのこのオペラの魅力を満喫できる。

もちろん、ガーディナー指揮などによるのオリジナル楽器による鮮鋭な演奏を聴いてしまった耳には、当時ほどの新鮮な驚きはないものの、生身の人間臭い喜劇を味わうには今もって絶好の演奏であり、それを映像付きで鑑賞できるのは嬉しいことである。180分のDVDもあっという間に視聴し終わってしまった。

(TDKコア TDBA−0124 DVD)
Mozart/歌劇『魔笛』
ジェームズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィル、 ウィーン国立歌劇場合唱団
コトルバス(S)、シュライヤー(T)、グルヴェローヴァ(S)、ベリー(Br)、タルヴェラ(Bs)

この上演のDVD化は待望のものであった。既にDVDとしてはサヴァリッシュがバイエルン国立歌劇場(ミュンヘン・オペラ)との正統的な上演のものを観ていたが、今回のレヴァイン盤のDVDはとりわけ愛着のある演奏だからである。それは、はじめてこの演奏をザルツブルグ音楽祭からの特集番組をFM放送で聴いて、レヴァインの瑞々しく、かつしなやかな美しさに満ちた音楽に一度に魅了されてしまい、エア・チェックしたテープを何度も繰り返し聴いた思い出の深いものだからである。以降、『魔笛』は愛好する歌劇の上位に入るものになったが、レヴァインの音楽を越えるものは、ただ一つJ・E・ガーディナーの指揮したオリジナル楽器によるものだけであったと思う。

今回のDVD化によってその魅力の全貌が明らかになり、音楽のみではなく、演出のJ・P・ポネルによって野外劇場であるフェルゼンライトシューレの空間をうまく使って(セリの多用や岩肌のアーチを仕切りのようなもので上げたり下ろしたりしている)、この民衆劇と神秘劇の交じり合った不思議なドラマの面白さが倍加している。

もちろん、歌い手も1982年の上演であるので、コトルバス(S)、シュライヤー(T)、タルヴェラ(Bs)、グルベローヴァ(S)などをはじめ、錚々たるメンバーが揃い、レヴァインの指揮の下、素晴らしいアンサンブルを聴かせており、一度視聴しはじめたら、やめられない。ストーリーはよく言われているように、筋が一貫していなくて、前後に矛盾するところもあるが、そのようなことは忘れさせるようなモーツアルトの音楽の美しさには酔い痴れる。また、このDVDは収録時間が188分となっていて、普通のものより長いのは通常カットされる台詞を多く残しているからであろう。しかし、それも少しも冗長に感ぜず、かえって物語の奥行きの深さを感じさせた。

今回少し異色だったのが日本語字幕で、イケメンなどが一例であるが、現代風の言葉遣いが出てきて、思わず笑ってしまった。お堅い歌劇ではなく、ドイツ語で書かれた民衆のための歌芝居であるから、このような試みも相応しいように感じられた。これはモーツアルトファンに限らず、『魔笛』の魅力を味わうのに絶好のDVDである。

(TDKコア TDBA−0094 DVD)
Mozart/『レクイエム、ミサ曲ハ短調』
J・E・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団
ボニー(S)、フォン・オッター(Ms)、ロルフ・ジョンソン(T)、マイルズ(Bs)

J・E・ガーディナーの代表的な演奏の一つがこのDVDに収められたモーツアルトの二曲の宗教曲−レクイエムとミサ曲ハ短調である。この映像は、加えて1991年12月5日モーツアルトの没後200年を記念して行われた演奏会のライヴであることが特筆される。場所は、スペインのバルセロナ、カタルーニャ音楽堂。この音楽堂の詳細については詳らかにしないが、華麗なステンドグラスをはじめ壮麗な美しさに溢れていることが映像でも観るものによく伝わってくる。

この有名な二曲ともモーツアルトは未完のまま世を去ったから、いろいろな補筆・編曲版がある。しかし、我々好事家はその補筆や編曲の是非を云々するほど詳しくはないから、ただモーツアルトの書いた宗教音楽の透明で、静謐な音楽の美を味わえればよいと思う。私はキリスト教には無縁の人間であるが、クラシック音楽のレクイエム、ミサ曲、スターバト・マーテル(悲しみの聖母)を自分の癒しの音楽として聴いている。その点でもこのガーディナーのDVDはぴったりで、しばしば視聴する愛聴盤である。

この映像におけるガーディナの指揮ぶりは、非常にきびきびと引き締まっていて、ピリオド楽器を演奏するイングリッシュ・バロック・ソロイスツから生気に溢れ、また明快でしなやかな音楽を引き出している。手兵のモンテヴェルディ合唱団も緊密で、澄んだハーモニーを聴かせてくれて、感動的である。ソロも二人の女性歌手−ボニーとオッターがガーディナーの指揮に応えて、暖かく細やかに歌っている。男声のジョンソンとマイルズもよく調和し、総じて指揮者ガーディナーの統率が行き渡り、合唱指揮者としての彼の面目躍如たる代表盤である。

ガーディナーには、J・S・バッハ『クリスマス・オラトリオ』やブリテン『戦争レクイエム』のDVDもある。しかし、1989年の来日演奏会のバッハ、ヘンデル、パーセルなども素晴らしかったから、この時の演奏も映像化されることを待望したいが、現在のクラシック音楽のマーケット状況から見ても実現は難しいのかもしれない。

(PHILIPS UCBP−9008 DVD)
Rossini/歌劇『ランスへの旅』
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団
ベリャーエワ(S)、ウスペンスキー(Bs)、シュトーダ(T)、ユーディナ(S)

2008年1月のゲルギエフ&マリインスキー劇場管の来日公演と同じプロダクションの輸入盤DVDである。これは2005年にパリ・シャトレ座との共同制作によるものの映像化。

ロシアの音楽家たちとロッシーニとはいかにも意表をついた組み合わせである。しかし、これがまた何とも洒落ているのである。旅人が三々五々舞台(逆T字型のステージがせり出している)へ上がってくる中に、帽子をかぶって黒の衣裳のゲルギエフがいる。彼の合図で後方の幕が開けられると、そこには白の衣裳のオーケストラ。つまり舞台上で演奏するという意外さがある。

この歌劇は、10人の優れたソリストが必要である。詳しいことは輸入盤であるから情報がないが、今回のソリストたちはいずれもマリインスキー劇場の若手歌手たちのようである。飛び抜けた歌手はいないものの、平均的に高い水準の歌手を揃えており、14声の大合唱やフィナーレの国王賛歌も聴きごたえがある。

しかも、装置は簡素ながらオーケストラの白に加えて、歌手たちの衣裳が目にも鮮やかな色とりどりのもので、視覚的にも楽しませてくれる。また、コルテーゼ夫人のアナスタシア・ベリャーエワやフォルヴィル伯爵夫人のラリーサ・ユーディナ、メリベーア侯爵夫人のアンナ・キクナーゼなど、歌ばかりでなく容姿・容色とも見るべきものがある。男性歌手は、リーベンスコフ伯爵のシュトーダが、高音を楽々と歌い気を吐いている。しかし、劇場内の観客も巻き込んで目一杯楽しいロッシーニの歌劇の舞台を作りえたのは、勿論ひとえに指揮者のゲルギエフの功績が大きいことは言うまでもないだろう。

(TDKコア OA0967D DVD)
Rossini/歌劇『シンデレラ(チェネレントラ)』
バルトリ(Ms)、ヒメネス(T)、コルベッリ(Bs)、ダーラ(Bs)、ペルトゥージ(Bs)、カンパネッラ指揮ヒューストン・オペラ合唱団、ヒューストン交響楽団

有名なシンデレラ物語を題材にしたロッシーニの傑作オペラ。お伽噺の要素であるかぼちゃ、ガラスの靴も妖精も登場せず、継父からも腹違いの姉たちにもいじめられながらも、明るく、気立ての良いアンジェリーナが王子に見初められてその后となるなるという、まさにシンデレラの物語である。ロッシーニの音楽は、魅力的な旋律に溢れている。

しかし、このDVDは今や世界を代表するメゾ・ソプラノ歌手であるチェチリア・バルトリのタイトルロールが、歌・演技・容姿ともすこぶる付きの素晴らしさである。シャイー指揮のCD盤もよかったが、やはりこのような喜劇は映像で観ることにより、楽しさ・面白さは倍増する。加えて、共演者の男声陣がヒメネスの王子、ダーラのドン・マニフィコ、コルベッリの従者ダンディーニ、ペルトゥージの哲学者アリドーロと充実していて、一部のすきもない。カンパネッラ指揮のヒューストン交響楽団も十分ロッシーニの音楽の軽やかさを表現している。

ボローニャ・オペラ来日公演で観た時と同じプロダクションで、橋と階段をうまく使った舞台装置の簡素な美しさが、誇張した奇抜な衣裳にも映えていて、映像的にもすぐれている。ロッシーニの『シンデレラ(チェネレントラ)』の代表盤の名に恥じない。


(London 輸入盤 DVD)
Shumann:ピアノ協奏曲、交響曲第4番他
マルタ・アルゲリッチ(P)、リッカルド・シャイー指揮ライプツッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

2006年6月にライプチッヒのゲヴァントハウスで行われたシューマン没後150年の記念コンサートDVDである。曲目はオールシューマンのプログラムである。

目玉は言うまでもなく、アルゲリッチのシューマン『ピアノ協奏曲』。たしかCDでは何種類かの録音が出ているはずであるが、手持ちのCDはアーノンクール指揮のもの(同時収録はクレーメルのヴァイオリン協奏曲)のみ。指揮者が曲者のアーノンクールであるためか、奔馬のようなアルゲリッチのピアノとどこかかみ合っていないもどかしさがあったが、このDVDではシャイーとの相性もよく、その指揮のもとライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の好サポートを得て、彼女は思う存分バリバリと弾いている。そう言えば、二人の共演でラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が素晴らしかった。今はCDのみで、映像は一度VHDディスクで出ていたが、その後はLDもDVDにもなっていないのは残念である。アルゲリッチはもう相当なお歳(失礼!)であるが、それを感じさせない若々しさがあると同時に、歌心も十分あり、見応え、聴き応えたっぷりである。

演奏会中途であるが、観客の盛大な拍手に応えて、『子供の情景』から1曲アンコールがある。ただ一つ難点は、この曲のみピアノの音がかなり突出したように聴こえたが、録音のせいだろうか。

その他このDVDにはシューマンのピアノ曲からのオーケストラ編曲版(チャイコフスキーとラヴェルによるもの)という珍品を聴くことが出来る。もう一つの本命の交響曲第4番も、これまたシャイーの本領が十二分の発揮された名演である。

(EuroArts 2055498 輸入盤DVD)
Verdi/歌劇『椿姫』(ラ・トラヴィアータ)
ボンファデッリ(S)、パイパー(T)、ブルゾン(Br)
ドミンゴ指揮トスカニーニ財団管弦楽団・合唱団

歴史に題材を採ることが多いヴェルディにはめずらしい現代もの。歌舞伎で言えば、世話物と言っていい。第1幕の「乾杯の歌」があまりにも有名だが、人気曲の割には全曲演奏のCD、ビデオは少ないように思う。

ヴェルディの故郷ブッセートにあるジョゼッペ・ヴェルディ劇場での2002年収録の最新ライヴ映像。何といっても世界的に有名なあのF・ゼッフィレッリが演出した舞台であることが注目される。実は20年前に映画版で同じ『椿姫』をとっているので、それとの比較にも興味があった。

しかし、演出の基本コンセプトは全く変わっていないようである。冒頭に横たわっているヴィオレッタが現れ、以下のシーンが回想であることが示されるが、これは映画と同じだ。そして、各幕の色彩の統一。赤から青、そして赤、というように繰り返される舞台の美しさは見事と言うしかない。衣装にも細かい配慮がされているようで、時代をしっかりと反映した様式美溢れる素晴らしいもの。

ここで一番の期待はヨーロッパで人気沸騰の美貌の歌姫ボンファデッリ(S)であったが、いや期待以上であった。何より驚いたのは女優顔負けの演技である。クローズアップが多用されるが、歌いながらしっかりと表情豊かな演技を見せる。歌も勿論どの音域もよく音が出ていて、崩れが無い。ソプラノとしては軽い方であると思うが、ヴィオレッタには相応しい感情の起伏も鮮やかに聴かせる。これは映像時代の申し子と言える素晴らしいヒロインの誕生だ。他の作品も是非聴きたい。

そして、特筆すべきはヴェテランのブルゾン演じるジェルモン。もともとこの役は一筋縄ではいかない難しいものだが、さすがに風格溢れる父親を見せる。ヴェルディの作品においてはバリトンが中心的な役割を果たすが、この役もその通りであることを認識させる。

世界的テナー、ドミンゴの指揮はCD、ビデオを通じてはじめて聴いたが、以外と言っては失礼に当たるかもしれないが、神経の行き届いた精妙な音作りで、歌手を立てている。

こんな素晴らしい映像を観てしまうと、もう音だけでは物足りなくなってしまう。これはこの曲の代表盤であろう。

(TDKコア TDBA−0021 DVD)
Verdi/歌劇『シモン・ボッカネグラ』
アバド指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団 グエルフィ(Br)、コンスタンティノフ(Bs)、マッティラ(S)、スコーラ(T)、ガッロ(Bs)

アバドのもっとも得意とするヴェルディ中期の傑作オペラ『シモン・ボッカネグラ』の待望の最新映像全曲盤である。これは2002年5月フィレンツェ歌劇場でのライブ収録。アバドは、1981年のミラノ・スカラ座初の日本引越し公演でこのオペラを振り、絶賛を浴びた。

14世紀のイタリアのジェノバに実在した総督を主人公に、父娘の情愛と貴族と平民の相克を絡ませたドラマで、間に25年の時間の経過もあり、やや話が分かり難く、内容も地味である。しかし、このテーマに愛着を持ったヴェルディは、作曲から24年後にアリーゴ・ボイトの助力を得て大幅に手を加えた結果、後期の傑作に引けを取らない作品に生まれ変わった。歌舞伎の時代物に比肩する味がある。

ヴェルディの音楽は、管弦楽が雄弁でかつ鋭く切れがあり、他方歌わせるところはたっぷりと歌い、抒情的な点にも事欠かない。また低音の表現が素晴らしい。群集シーンの合唱も言うまでもなく熱い!これはもう殆ど『オテロ』の音楽である。

アバドは自信を持ってオーケストラを鳴らして、ぐいぐい引っ張り、一時たりとも聴き手を飽きさせない。一度聞聴き始めたら途中で止めることが出来ないほどの魅力溢れる音楽を聞かせる。

歌手陣は、来日公演の時のカップチルリ、フレーニ、ギャウロフとどうしても比較してしまうので、いささか小粒の印象があるのは止むを得ないであろう。しかし、いずれの歌手も持味を発揮して好演。題名役のグエルフィもプロローグはまだ調子が出ていない印象があるが、第一幕の娘アメーリアとの再会の二重唱は感動的に聴かせ、さらにフィナーレの議会の場は総督らしい貫禄と凄みを見せた。マッティラも有名なアリア「この仄暗い夜明けに」を爽やかに歌う。コンスタンティノフの良く響く低音、スコーラのどこまでも伸びる高音も対照的で素晴らしい。とりわけガッロは、このパオロという役の存在の大きさを再認識させる歌唱と演技だった。

地中海の海の青さを思わせる色調を基本にした簡素な舞台装置と照明、モノトーンのシックな衣裳もよく調和して大変好ましい。

全体として、期待以上の素晴らしい仕上がりで、大変完成度の高い充実した一枚。全曲盤が少ないだけにこれは貴重である。長く座右に置いて繰り返し視聴したい。噛めば噛むほど味が出ること請け合いである。

(TDKコア TDBAー0049 DVD)
Verdi/歌劇『ドン・カルロス』(パッパーノ指揮パリ管弦楽団のパリ・シャトレ座盤)
小学館発行の『魅惑のオペラ』シリーズの第U期から。

第T期10巻は有名オペラこそ揃っているものの、肝心の映像が70年代から90年代まで玉石混交でとくだんこれは是非視聴したいと思うものはなかったが、好評で第U期として発売済みないし予定の10巻は最新映像も多く、ムーティ&ミラノスカラ座のようにDVDとしては初の日本語字幕付きの『ドン・ジョヴァンニ』や『コシ・ファン・トッテ』も含めて総じて演目も歌手も魅力的なものが並んでいて、第T期よりレベルが高い。その中ではヴェルディの『ドン・カルロス』が1996年のパリ・シャトレ座収録の映像が何と言っても注目である!アラーニャ主演でしかも全部で211分!!しかもこのシリーズには携帯できるように別冊となっている解説書にオペラの対訳が掲載されているから、お値段的にもコスト・パフォーマンスが非常に高いものである。

このオペラは通常はイタリア語による『ドン・カルロ』4幕版がもっともポピュラーであろうし、私もカラヤンによるCDとLDによってヴェルディのオペラのエッセンスがたっぷりとつまっている『ドン・カルロ』の魅力に開眼した一人である。しかも、だんだんその魅力にとりつかれてくると、ヴェルディはフランス語版(フランス語版では『ドン・カルロス』となる)で全5幕版を書き、その後何回も改訂したようであるから、いろいろな版があることが分かってくる。そうなるとそのような異なった版で聴きたくなるのが人情というものである。アバドがDGGにヴェルディのオペラを続けて録音した時にドミンゴのタイトルロールでフランス語版の全5幕版を出してくれたが、アバドの意気込みに反して歌手や合唱団がフランス語に馴染みが薄いためか今ひとつヴェルディの音楽が隔靴掻痒のもどかしさを感じた記憶がある。

その点このアントニオ・パッパーノ指揮パリ管弦楽団のパリ・シャトレ座盤は、主役のアラーニャがフランス出身のテノールであるから、この悲劇の貴公子に相応しい気品ある歌唱を披露してくれていて、期待以上である。加えて、ロドリーグ(イタリア語ではロドリーゴ)のトーマス・ハンプソンのうまいこと、うまいこと。有名なドン・カルロスとの二重唱「神はわれらの心に同じ炎をともされた」をはじめ彼が主役の場面も多い。ジョゼ・ファン・ダムのフィリップ二世も陰影ある孤独な帝王で見事である。

女声陣はマッティラのエリザベート、マイアーのエポリ公女。マッティラはドン・カルロスを愛しながらも、義理の親子となった立場を弁えて、毅然とした態度で臨む王妃である。少し立派過ぎるきらいもあるが、難しいこの役を見事に演じている。5幕版の目玉である第1幕「フォンテンブローの森」が二人の二重唱が繊細で美しい。マイアーは「ヴェールの歌」こそ硬いが、ドン・カルロスを恋い慕う思いがじかに伝わってくるような気迫ある歌の連続である。

簡素な装置に黒を基調として赤、白などモノトーンの衣裳が映えて、このオペラの様式性の美しさを際立たせている。手堅いパッパーノの指揮と相俟って全211分、決して初心者向けのオペラではないが、ヴェルディのオペラの魅力に溢れた素晴らしい歌と音楽の連続であるから、長さを感じさせない。これは現在でもフランス語による5幕版の代表盤であろう。

『イタリアンナイト』−ヴァルトビューネ1996
アバド指揮ベルリンフィルによるピクニックコンサート
ゲオルギュー(S)、ラーリン(T)、ターフェル(B)

ベルリン郊外にある野外劇場であるヴァルトビューネでは、毎年6月にベルルンフィルによる野外コンサートがあり、真夏の風物詩として、もうすっかり定着している。その中でもこの1996年のイタリアンナイトと称して芸術監督のクラウディオ・アバド指揮で行われたコンサートは、とりわけ出色の演奏会である。

当日は、雨模様の悪天候であったが、続々とつめかける聴衆に予定通り開催されたというが、そんな悪条件もものかは、大変熱気溢れた熱い演奏が繰り広げられた。何と言ってもマエストロアバドは、ご存知の通りイタリア出身、しかもヴェルディ演奏にはひときわ情熱を燃やしているから、その演奏が悪かろう筈もない。

『ナブッコ』『トロヴァト−レ』『運命の力』『オテロ』『アイーダ』など有名なオペラの序曲や合唱曲が次々と、本当に切れば熱い血が迸りそうな演奏ばかりである。さすがに天下のベルリンフィルであるから、オペラで聞けば音が分厚いかもしれないが、こういう演奏会では、よりシンフォニックになって大変好ましい。そして、いつもそうだがアバドがいかにも楽しそうに、熱く指揮していてそのまま音に表れているという感じである。この人の指揮は何時見ても視聴するものを楽しくさせる。

この演奏会は、他にアバドとしては珍しいベルリーニの歌劇『カプレーィとモンテッキ』からのアリアが、今が旬の歌姫ゲオルギュー(S)で歌われる。その美しさ、哀切さは例えようがない。木管楽器との掛け合いも聴きどころ。また、ターフェル(B)やラーリン(T)も加わっての二重唱も聴かせる。

圧巻は、ロッシーニの有名な『ウィリアム・テル』序曲。もう耳垢が出来るくらい聴いている曲だが、アバドの指揮で聴くとそうは思えないほど新鮮である。最初のチェロの五重奏、そして嵐、勇壮なスイス軍隊の行進曲など、聴くたびに興奮させられる。演奏中の聴衆からの掛け声も当然である。

最後にこれもお決まりのリンケの『ベルリンの風』。これが演奏されないと、演奏会が終わらないのは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの『ラデツキー行進曲』と同じ。だがこの日は普通と違って、『凱旋行進曲』や『アンヴィル・コーラス』の一部が挿入されるなど一層楽しい演奏で盛り上がった。雨は演奏途中で強く降り続き、条件は最悪だったにもかかわらず、立ち去る聴衆も殆どいなかった。音も雨の音が入るが、そんなことは気にならない名演奏ばかりの演奏会である。

(パイオニアLDC PIBC1034 DVD) → (ジェネオン GNBC4015 DVD)
『グランド・ファイナル』−ベルリンフィル・ジルヴェスター・コンサート1999
これもウィーンフィルニューイヤーコンサートと同様、すっかりお馴染みになったベルリンフィルの大晦日のコンサート。毎年音楽監督のアバドが創意と工夫をこらしたプログラミングで楽しませてくれていたが、この1999年は1900年代の棹尾を飾るに相応しい記念コンサート。グランドファイナルとして、何と有名曲のフィナーレばかりを集めた構成で、中身のぎっしりと詰まった演奏会である。

まずベートーベンの第7番、ドボルザークの第8番、マーラーの第5番とこれ1曲だけでもずっしりとした交響曲の第4楽章が演奏される。どれも最終楽章は大変な盛り上がりを見せるから、聴き応え十分。どの曲も全曲演奏を聴きたくなる素晴しさである。アバドの指揮は、リズム感が抜群だから、こういう曲はとくに躍動感一杯である。かなりオーケストラを煽っているが、ヴィルト−ゾ揃いのベルリンフィルは、その指揮に負けじとついてきて聴くものを興奮させる。フルートのパユ、オーボエのブラウなどいつ聴いても素晴しい音色である。

交響曲の後は、ストラヴィンスキーの『火の鳥』、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』、プロコフィエフの『アレクサンドル・ネフスキー』、シェーンベルグの『グレの歌』などこれまた重力感溢れる名作が、リアス室内合唱団/ベルリン放送合唱団の合唱をも伴って演奏される。どの曲もアバドが得意とするものばかりだから、全曲を聴いたかのような錯覚を覚えるほどである。とくにラヴェルとプロコフィエフが素晴しい。この人はオペラ指揮者だから、やはり歌付きの曲は、とりわけ優れているように思う。

これで第1部が終わりで、これだけでも一晩のコンサートとしては十分であるが、世紀のファイナルはこれだけでは終わらない。ホルン奏者が楽団員を代表して挨拶する。これがまた何とも上品なウィット溢れる挨拶で、何度聴いてもうまいと思う。とくに「誰がこの世紀のはざまをグレの歌を聞いて終わりたいと思いますか?」というところは爆笑ものである。

そして、彼の挨拶から続いて第2部は、ベルリン市民に愛好された楽しい軽妙なマーチやポルカが演奏されて、会場が沸く。これも最後は、リンケの『ベルリンの風』。アバドは楽員にまかせて、引っ込んでしまう。盛り上がる聴衆。コンサートマスターの安永氏に引き出されて登場したアバドに惜しみない拍手。

やはりアバドとベルリンフィルの結び付きは、とても幸せなものであった、と思う。何よりも溌剌とした躍動感溢れる演奏は、聴き手を幸せな気分にしてくれる。また映像付きだとアバドの流麗な指揮振りが見られるのが楽しいし、楽団員がその指揮に応えて嬉々として素晴しい演奏を繰り広げるのも見て取れる。これは、毎年大晦日に必ず聴きたくなる演奏である。

(パイオニアLDC PIBC1061 DVD)
『世紀のピアニストたちの共演』〜ヴェルビエ音楽祭&アカデミー10周年記念ガラコンサート・ライヴ
既にNHKから放送され、圧倒的な話題を呼んだライヴの待望のDVD化。

音楽祭の主催者エングストレームの人脈と言うが、出演者が並一通りではない豪華版。アルゲリッチやアックス、プレトニョフのようなヴェテランに加えて、若手ピアニストの第一人者とも言うべきキーシンが、出ずっぱりの大活躍。アルゲリッチとのモーツァルト『4手のためのソナタ』で息のあった美しい旋律を聴かせたと思えば、今度はメットの音楽監督レヴァインとアックス、俊英アンスネスとのスメタナ『2台のピアノ、8手のためのソナタ』をはずむようなリズムでダイナミックに演奏して、会場の大喝采を受ける。4人の演奏者もその出来に満足そう。

次に出て来る弦楽器メンバーの豪華さにも驚く。ヴァイオリンのクレーメルをリーダーにレーピン、サラ・チャン、ヴィオラのバシュメット、日本の今井信子、チェロのマイスキーなど独奏者としても一流の奏者が集まって、お祝いに『ハッピー・バースデイ変奏曲』を、楽しそうにまた愉快に演奏する。

続いてこの弦楽器メンバーをバックに、キーシン、アルゲリッチ、レヴァイン、プレトニョフ4人の奏者で、J・S・バッハ『4台のピアノのための協奏曲』。4人の多彩な独奏振りが見物、聴き物。

しかし、このDVDの圧巻は、やはり舞台にハの字形に並べられた8台のピアノによる演奏。ロッシーニのオペラ『セミラーミデ』序曲からはじまってワーグナー『ワルキューレの騎行』、『星条旗よ永遠なれ』などの有名曲を8台のピアノ用に編曲して、演奏する。これは滅多に聴けないものばかりのうえ、8人がお互いにアイコンタクトで演奏するさまは、自在に動く見事なカメラワークも相俟って、目が離せない。勿論演奏も超のつく素晴らしさ。アンコールで演奏された『くまばちは飛ぶ』などは唖然とする。最後にソプラノ歌手ヘンドリックスが『ハッピー・バースデイ』を歌う(彼女は主催者エングストレーム夫人とのこと)。

これはピアノファンは必聴、必見は言うに及ばず、全クラシック音楽ファンに是非視聴してもらいたいDVDである。

(BMG BVBC 31010 DVD)
『オリエンタル・ナイト』−ヴァルトビューネ2006
ヴァルトビューネ2006 ネーメ・ヤルヴィ指揮ベルリン・フィル『オリエンタル・ナイト』

この演奏会は曲目が凝っていて、リムスキー=コルサコフの交響組曲『シェエラザード』とグリーグの『ペール・ギュント』組曲を中心に構成してあり、異国情緒満点であるうえ、めったに聴けない珍曲もある。加えて、美しきヴァイオリン界の新鋭ジャニーヌ・ヤンセンが登場して、華麗なる演奏を聴かせる。

指揮者ネーメ・ヤルヴィは北欧やロシア音楽のスペシャリストであるから、これほどうってつけの人もいない。白のタキシードを着て颯爽と登場したヤルヴィの指揮ぶりはお世辞にもかっこいいものではないが、その音楽は大変がっちりとしていながら、少しも固いところが無い豊潤なもので、まさに職人芸的。安心して楽しめる。

『オリエンタル・ナイト』になぜグリーグの『ペール・ギュント』が出てくるのかと一見奇妙に思えるが、主人公のペール・ギュントがアラビアを放浪する部分があるので、少しもおかしくないのである。しかも、有名な「ソルヴェーグの歌」を歌うマリタ・ソルベルク(S)が、非常に透明で澄んだ歌声を聴かせてくれるから、「アニトラの踊り」「アラビア人の踊り」をあわせて、グリーグを得意とするヤルヴィの面目躍如たるすぐれた音楽となっている。

メインの交響組曲『シェエラザード』は、前半と後半の二部に別れて演奏される珍しい構成であるが、次第に暮れて行くヴァルトビューネの森のなかで、大勢の観客がふる灯りを背景にしての音楽は幻想的ですらある。ジャニーヌ・ヤンセンはマスネ『タイスの瞑想曲』とサン=サーンス『序奏とロンド=カプリチオーソ』を弾いたが、後者が鮮やかなテクニックで弾き切って、熱い演奏であった。それにしても、先ほどのソルベルクといい、このヤンセンといい、美形そろいで目も楽しませてくれる。例年のように寝転んで聴いたり、恋人と睦まじく楽しそうにしている観客の映像などが挿入されていて、この野外音楽会が6月のベルリンの風物詩として、いかに市民たちに愛されているかが分かる。

アンコールもフチーク『フロレンチーヌ行進曲』、ニールセン『黒人の踊り』、そしてお決まりのリンケ『ベルリンの風』で、この演奏会は大いに盛り上がって終わる。参考までに全曲を以下に掲げる。

【曲目】
(1)モーツァルト『後宮からの誘拐』序曲
(2)ニールセン『アラディン』
(3)リムスキー=コルサコフの交響組曲『シェエラザード』
   第1楽章 「海とシンドバットの船」
(4)同 第2楽章 「カレンダー王子の物語」
(5)グリーグ『ペール・ギュント』組曲より
  「アニトラの踊り」
(6)同 「ソルヴェーグの歌」(マリタ・ソルベルク(S))
(7)同 「アラビア人の踊り」(インゲビョルク・コスモ(Ms))
(8)マスネ『タイスの瞑想曲』(ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン)
(9)サン=サーンス『序奏とロンド=カプリチオーソ』』(ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン)
(10)リムスキー=コルサコフの交響組曲『シェエラザード』
   第3楽章 「若い王子と王女」
(11)同 第4楽章 「バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲」
(アンコール)
(12)フチーク『フロレンチーヌ行進曲』
(13)ニールセン『黒人の踊り』
(14)リンケ『ベルリンの風』

(EuroArts 輸入盤DVD)
『ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2008』
お正月恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサート、2008年の指揮者はフランスの長老指揮者、ジョルジュ・プレートルであった。実はフランス人の指揮者がこのウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮台にあがるのははじめてだったという。

いつもはテレビ放送を録画するが、今回ははじめからDVDでの発売を待っていたが、その甲斐がある演奏も映像も素晴らしいの一語に尽きるものだった。プレートルは年齢的にも巨匠と言ってもいいが、録音が多くないため、日本での評価は必ずしも高くなかったと思う。しかし、以前来日公演の指揮を聴いたとき、その指揮棒から紡ぎ出される色彩感があって、精妙なフランス音楽に酔った記憶がある。

今回のニューイヤー・コンサート2008でも、プレートルは83歳という年齢を感じさせない俊敏でメリハリの利いた指揮ぶりで、最近のニューイヤー・コンサートのなかでは群を抜いて出色の音楽を聴かせた。しかも、はじめて演奏された6曲のワルツやポルカなどどうして今まで演奏されなかったか不思議なくらい魅力的だった。そのなかではオッフェンバックの有名な「地獄のオルフェウス」にちなんだカドリール『オルフェウス』が最高である。もちろん、定番の『皇帝円舞曲』や『トリッチ=トラッチ=ポルカ』もしなやかであり、また生気溢れる。アンコールの『スポーツ・ポルカ』のお遊びも洒落ている。正味120分近い高画質の映像が収録されたDVDは、いながらにしてムジークフェラインザールの雰囲気がたっぷりと楽しめてお得感がある。

以下収録曲名を記載する。【*】は、今回はじめて演奏された曲である。

<blockquote>1.ナポレオン行進曲 op.156(ヨハン・シュトラウスU世)【*】
2.ワルツ『オーストリアの村つばめ』 op.164(ヨゼフ・シュトラウス)
3.ラクセンブルク・ポルカ op.60(ヨゼフ・シュトラウス)【*】
4.パリのワルツ op.101(ヨハン・シュトラウス)【*】
5.ヴェルサイユのギャロップ op.107(ヨハン・シュトラウス)【*】
6.カドリール『オルフェウス』 op.236(ヨハン・シュトラウスU世)【*】
7.ギャロップ『小さな広告』 op.4(ヘルメスベルガー)
8.『インディゴと40人の盗賊』序曲(ヨハン・シュトラウスU世)
9.ワルツ『人生を楽しめ』 op.340(ヨハン・シュトラウスU世)
10. ポルカ・フランセーズ『閃光』 op.271(ヨハン・シュトラウスU世)
11. トリッチ=トラッチ=ポルカ op.214(ヨハン・シュトラウスU世)
12. 宮廷舞踏会舞曲 op.161(ランナー)
13. ポルカ・マズルカ『とんぼ』 op.204(ヨゼフ・シュトラウス)
14. ロシア行進曲 op.426(ヨハン・シュトラウスU世)
15. フランス風ポルカ『パリの女』 op.238(ヨハン・シュトラウスU世)【*】
16. 中国人のギャロップ op.20(ヨハン・シュトラウス)
17. 皇帝円舞曲 op.437(ヨハン・シュトラウスU世)
18. ポルカ『インドの舞姫』 op.351(ヨハン・シュトラウスU世)
アンコール
19. スポーツ・ポルカ op.170(ヨゼフ・シュトラウス)
20. ワルツ『美しく青きドナウ』 op.314(ヨハン・シュトラウスU世)
21. ラデツキー行進曲 op.228(ヨハン・シュトラウス)

(輸入盤 DVD)
『ロシアン・ナイト』−2008年ルツェルン音楽祭ライヴ
アバド指揮の2008年ルツェルン音楽祭ライヴ映像である。観客席にブーレーズ、ポリーニがいるという豪華さ。演奏もソリスト級の演奏者をを多く抱えたルツェルン祝祭管弦楽団とアバドの指揮により大変聴き応えのあるものである。プログラムは『ロシアン・ナイト』と題されているように、チャイコフスキーの幻想曲『テンペスト』、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ストラヴィンスキーのバレエ組曲『火の鳥』(1919年版)とアバドの得意の曲目ばかりである。

ピアノは最近めきめきと頭角を現してきた女流ピアニスト:エレーヌ・グリモーである。彼女の最初のコンサートDVDとある。衛星放送などではベートーヴェンの合唱幻想曲などを視聴していたので、はじめてとは意外だったが、アバドの指揮のもと、有名なラフマニノフのピアノ協奏曲第2番でとても叙情的で繊細な音楽を聴かせている。音楽のみならず、そのチャーミングな容姿と輝く瞳は、映像ならではの魅力に溢れている。

『テンペスト』と『火の鳥』は、アバドはオーケストラの自発性に任せているが、まだまだ枯れるどころではない、メリハリにきいた若々しい音楽を展開する。とりわけ『火の鳥』は、今までよりもソロを強調して、よりダイナミックになっていたように思う。

(DGG 輸入盤DVD)
『フェニーチェ歌劇場 ニューイヤー・コンサート 2010』
2009年がジョルジュ・プレートルの指揮だった『フェニーチェ歌劇場 ニューイヤー・コンサート』の2010年は、お気に入りの指揮者サー・ジョン・エリオット・ガーディナーだった!早くもそのDVDが輸入盤で発売されていたのを見付けて、購入・視聴した。

ガーディナーは2008年のノーベル賞記念コンサートを収録したDVD(その感想は、こちら)でもドヴォルザークの交響曲第7番を最初に持ってくるほどこの交響曲を得意にしていて、普段歌劇の伴奏をしている歌劇場管弦楽団だから最初は少々粗い演奏だったものの、次第にガーディナーの熱い指揮に導かれて、壮麗な盛り上がりを見せた。もっともファンとしては別の曲目を視聴したかったというのも本音であるが。

その後の曲目は、ヴェルディ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ビゼーの有名歌劇から、ソプラノのアントナッチ、テノールのメーりを迎えて、名曲の数々を愉悦感溢れる歌と演奏で聴かせてくれた。アントナッチは『カルメン』から「ハバネラ」「ジプシーの歌」、『ドン・カルロ』から「ヴェールの歌」とメゾ・ソプラノの曲を選んでいるが、よく響く力強い声で魅了された。メーリはいかにもイタリアの歌手らしい明るい美声で、高音が素晴らしく伸びる。

最後は、『椿姫』から乾杯の歌で華麗なコンサートが終わった。

フェニーチェ歌劇場 ニューイヤー・コンサート2010 
【収録曲目等】
ドヴォルザーク:交響曲第7番 ニ短調 作品70
ロッシーニ:《ブルスキーノ氏》より序曲
ドニゼッティ:《愛の妙薬》より〈人知れぬ涙〉
ビゼー:《カルメン》より〈ハバネラ〉、〈ジプシーの歌〉
ヴォルフ=フェラーリ:《4人の田舎者》より間奏曲
ヴェルディ:《エルナーニ》より〈立て、カスティリアの獅子〉
《リゴレット》より〈女心の歌〉
《ドン・カルロ》より〈ヴェールの歌〉
《ナブッコ》より〈行け、思いよ、黄金の翼に乗って〉
《椿姫》より〈燃える心を〉、〈乾杯の歌〉

アンナ・カテリーナ・アントナッチ(ソプラノ)
フランチェスコ・メーリ(テノール)
指揮:サー・ジョン・エリオット・ガーディナー
フェニーチェ歌劇場管弦楽団&合唱団

合唱指揮:クラウディオ・マリーノ・モレッティ
舞踊:ジュゼッペ・ピコーネ

(2010年1月1日 フェニーチェ歌劇場(ヴェネツィア)におけるライヴ収録)

(輸入盤 DVD HARD 10017)
『ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2010』
2008年のニューイヤー・コンサートを史上最高齢で指揮して大評判だったフランスの指揮者、ジョルジュ・プレートルが2年ぶりに指揮台に戻ってきた。

御歳85歳、しかし指揮台の防護柵もなく、すべて暗譜でエネルギッシュに、また時には洒落っ気たっぷりに指揮する姿はとてもそんな歳に見えない。そして、J・シュトラウス2世の喜歌劇『こうもり』序曲ではじまったプログラムは、もちろんシュトラウス・ファミリーのポルカやワルツが中心であるが、そのなかでもニューイヤー・コンサートでの初演奏も4曲含まれている。

J.シュトラウス1世の『パリのカーニヴァル』やオッフェンバックの喜歌劇『ライン川の水の精』序曲など、プレートルらしい選曲であり、また実際に演奏は前者が華やか、後者は抒情的な美しさに溢れていた。H.C.ロンビ(デンマークの作曲家のようである)の『シャンパン・ギャロップ』は、シュトラウスもどきであるが、楽しい曲である。

プレートルは2008年のコンサート同様、ウィーン・フィル管弦楽団から十全で、華麗な音楽を紡ぎ出していて、飽きさせない。楽団員も乗りに乗った演奏を披露していた。『ラデツキー行進曲』が終るやいなや会場の観客が総立ちで熱い拍手をおくっていたのは当然であろう。

『愛の夜』―ヴァルトビューネ2010
「ベルリン・フィルのワルトビューネ・コンサート2010」は、「愛の夜」と題してソプラノのルネ・フレミングがアンコールも含めると10曲も歌っていて、彼女が主役のコンサートである。メトロポリタン歌劇場を拠点にしているフレミングは、レパートリーが広いうえ、歌唱力もある。加えて最近の歌手はこれが肝心であるが、すこぶる付きのチャーミングな美人歌手であるから、今回の演奏会では目と耳の両方を満足させてくれた。ドレスも、前半が赤、後半がブルー、そしてアンコール1曲のためにわざわざ白地のものに着替えてくる大サービスぶりだった。

曲目は次の通りで、珍しい曲が多い。(*)がフレミングが歌った曲目である。個人的にはドボルザークの「月に寄せる歌」とコルンゴルトの「わたしに残されたしあわせ」が叙情的な美しさで、好みであった。レオンカヴァルロの2曲は軽妙に歌っていて楽しい。指揮はイオン・マリン。最近の指揮界の事情には詳しくないが、歌劇場でキャリアを積んだ実力派と見た。サッカーのワールドカップ開催中とあって、リンケの「ベルリンの風」でブブゼラをトランペットとホルン奏者が吹いていたのがご愛嬌であった。

・交響詩「はげ山の一夜」(ムソルグスキー/リムスキー・コルサコフ編曲) 
・歌劇「ルサルカ」から「月に寄せる歌」(ドボルザーク) (*)
・歌劇「ダリボル」から「このはやる気持ち」(スメタナ) (*)
・歌劇「カプリッチョ」から「最後の場」(リヒャルト・シュトラウス) (*)
・歌劇「リエンチ」序曲(ワーグナー) 
・歌劇「死の都」から「わたしに残されたしあわせ」(コルンゴルト) (*)
・歌曲集 作品10第1「献身」(リヒャルト・シュトラウス) (*)
・愛のあいさつ(エルガー) 
・歌劇「ボエーム」から「さようなら」(プッチーニ)(*) 
・歌劇「ボエーム」から「ミュゼットはみずみずしい唇に美しい歌を」(レオンカヴァルロ) (*)
・歌劇「ボエーム」から「ミミ・ピンソンは金髪娘」(レオンカヴァルロ) (*)
・歌劇「トゥーランドット」から「氷のような姫君の心も」(プッチーニ) (*)
・幻想序曲「ロメオとジュリエット」(チャイコフスキー) 
・ホラ・スタカート(ディニク) 
・歌劇「ジャンニ・スキッキ」から「わたしのおとうさん」(プッチーニ) (*)
・ベルリンの風(リンケ)
(2010年6月27日 ベルリン ワルトビューネ野外音楽堂)

(EurArts 輸入盤DVD、BD)


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