諸田玲子


『お鳥見女房』『蛍の行方』『鷹姫さま』『狐狸の恋』−お鳥見女房シリーズ(新潮社)
『お鳥見女房』シリーズは、同じタイトルの第1作目から、『蛍の行方』、『鷹姫さま』、『狐狸の恋』と今まで4作が発売されている。「お鳥見」役とは将軍家の鷹狩の餌となる鳥を扱い、鷹場の巡検と鷹狩の下準備を行う直参であるが、身分の低い御家人。しかし、時には密命を帯びて、諸国を探索するお役目を担う。本シリーズはそのお鳥見役矢島家の女房珠世を女主人公とした連作短編集。

珠世は、伴之助を婿に迎えて家の後を継ぎ、父久右衛門は隠居、男二人、女二人を育て上げ、長女は既に旗本へ嫁がせている。しかし、珠世は未だ四十代で、えくぼの出来る笑顔が魅力的な明るい主人公である。

隠居した父親を浪人者が頼ってきたので、居候をさせることにしたら、何と5人の子持ち。そこへその源太夫を仇として狙う多津を次男が連れてきて、6人が住んでいる御家人の狭い組屋敷に、合計13人がひしめきあって住むことになる。しかも、その源太夫は人はいいが、大飯食らいのうえ、子供たちも手をつけられない悪戯盛り。しかし、何事も明るく、前向きに考えてふるまう珠世に源太夫の子供たちも自然となついてきて、いろいろな問題が起こっても、珠世がうまく捌いて行く。多津も次第に仇の源太夫を慕いはじめる。

主人伴之助が隠密仕事に旅立ってしまい、大家族を支える珠世の責任はますます重くなる。当然家計も大変であるが、何事もくよくよ考えていてはだめで、案ずるより産むがやすしと人の縁を大事にする珠世。江戸・雑司が谷の四季折々を背景にした最近では稀な、明るく楽しい作品である。

第2作目の『蛍の行方』
主人伴之助が隠密仕事に旅立ち、消息を絶って2年が経過してしまう。父親の後を追いかけて旅立った次男久之助、さらには源太夫からの音信も途絶えて、第1作よりも暗い雰囲気がただよっている。しかし、だからこそ明るく振る舞おうとする珠世の姿は、けなげであるとともに、心を和ませる挿話が多い。源太夫の5人の子供たちも、珠世を母親同様に思い、また5人の母親となる多津、嫁いだ長女幸江、次女君江との交流などを通じて矢島家の生活に馴染んで成長して行くさまは、時代小説より家族小説的な色彩が強い。

ようやく主人伴之助の消息が分かり、迎えに行った多津が久之助、源太夫ともども苦難の末無事脱出して、江戸へ連れ帰って来るまでの部分は、一転して緊迫感があり、珠世の深い喜びを読む者も共有することが出来る。

第3作目『鷹姫さま』
その前作では苦難の末無事探索のお役目を果たして帰還した主人伴之助であったが、心に深い傷を抱えて苦悩する。妻としてその心を癒そうと優しく気遣う女主人公珠世の変わらぬ明るい姿が魅力的である。この巻では長男の縁談相手として格上の鷹匠の勇ましい息女が現れて、今後の展開に興味を持たせるとともに、隠居の父親久右衛門の隠された秘密や次女の恋模様から嫁入りまでが描かれる。

居候だった源太夫一家も多津が妻となって別世帯になっても、しばしば現れて家族同様である。珠世を中心とした大家族的で、ほのぼのとした雰囲気の時代小説はいまどき珍重していい。作者の筆が達者なのは亡き向田邦子のテレビドラマをノベライズした経歴によるのであろうか。さらに続編が連載中であり、刊行が待たれる。


第4作目『狐狸の恋』
お鳥見女房シリーズ4巻目の最新刊は、『狐狸の恋』である。居候をしていた源太夫・多津夫婦と子供たち五人が源太夫の仕官とともにいなくなり、次女も良縁あって嫁ぎ、父、夫、息子二人という男所帯になって、さすがの大所帯にも落ち着きが訪れたが、いささか寂しくもあるお鳥見役の矢島家。しかし、主人公の珠世は相変わらず、明るく賢くふるまっているから、人の訪れは絶えない。

今回の8話は、長男の久太郎が3巻目に登場した水野越前守の鷹匠の娘鷹姫さまこと恵以と、そして次男久次郎が祖父の久左衛門がお役目中にかかわりのあった女性の娘と、それぞれ恋に落ちるという、いずれも一筋縄でないかない縁談が太い流れになって進む。それらの困難な障害も、珠世の智恵と機転でどうやら二人とも思いがかないそうな結末である。標題の「狐狸の恋」も物悲しい話ではあるが、余韻の残る結末である。

前3作と同様、大変後味の良い爽やかな読後感で、また続編が読みたくなる。これは平岩弓枝の『御宿かわせみ』のように息の長いシリーズになりそうな予感がする。


トップへ
トップへ
戻る
戻る