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この『盲目物語』を書いた時期の谷崎は『春琴抄』、『武州公秘話』、『蘆刈』などを代表とする作品群を、日本文学の伝統を活かした独特な語り口の文体で、耽美で優雅な物語として次々と紡ぎだしていた、ある意味では大変驚異の時代である。そのようななかで、この作品は、登場人物も織田信長、その妹お市、、浅井長政、柴田勝家、豊臣秀吉、お茶々(淀君)など、戦国期の歴史上名高い人々ばかりである。
しかし、作者の物語作家としての凡庸ならざるところは、視点を盲目の按摩で三味線が弾けるという弥市に設定していることで、彼はその才能を見込まれてお市の方に近侍して、揉み療治をしながら、得意の三味線を弾いて、お市の方はじめ奥の方々の無聊をなぐさめる。その彼が零落してから、お市の方に仕えて以来、北の庄の落城で二度目の夫勝家とお市の方が自刃して果てるまでの十年間の思い出を語る構成になっている。しかも、その語りは仮名まじりで、まさに盲目の按摩弥市が眼前で語っているような錯覚を覚えるほど、生き生きとしていて、かつ饒舌でうねるような文体で語られる。だから、一度その語り口に魅せられると、途中で中断することが出来ず、最後まで読み通してしまう。
もちろん数奇な運命にもてあそばれたお市の方の悲劇とその周囲の武将たちの関わり合いという歴史上周知のことを語っているであるけれども、根底には弥市のお市の方に対する思慕の情と一方ならぬ献身があり、谷崎文学の永遠の主題である女人崇拝がここでも見事に美しい物語として昇華している。 |
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