井上靖


『後白河院』(新潮文庫)
公家と源平の覇権争いの渦中を泳ぎきり、「日本国第一の大天狗」と頼朝に言わしめた後白河院の姿を、院の周辺にいた四人の語り手によって浮かび上がらせる。院に仕える寵臣や侍女、そして『玉葉』を書いたことで著名な藤原兼実が、異なった視点と語り口で、保元・平治の乱から鎌倉幕府成立の初期までを語る。そこには不気味なまでの後白河院の影が揺曳しているが、実像は御簾の内にあって茫漠としていて一向に定かではない。

しかし、第四章に至って、頼朝方と見られていた兼実が、真の院の姿を明らかにする。それは「政をしろしめすお立場は院おひとりだけのものであり、それはご自分おひとりでしかお守りになれないものである」と孤独な闘いを続け、多くの公卿や武家に勝ってきた帝王の姿なのである。だから、「左様、後白河院だけは六十六年の生涯、ただ一度もお変わりにならなかったと申し上げてよさそうである」という兼実の独白が結びに強烈に生きる。しかし、その院も頼朝のみは倒すことが出来ず、武家政権を誕生せしめたことはさぞや残念だったろうと思うが、それが歴史の皮肉というものであろう。
『おろしや国酔夢譚』(徳間文庫)
作者の後期の歴史小説に属する長編小説を再読した。江戸末期に伊勢の船頭大黒屋光太夫が、江戸へ向う途中嵐に遭いアリューシャン列島に辿り着き、そこからカムチャッカを経て、ロシア大陸を転々としながらも、望郷の思い止み難く、博物学者ラックスマンの絶大な助力を得て、時の女帝エカチェリーナ二世の許しをえて、ようやく故国へ戻るまでの苦闘の物語である。漂流から十年近くの歳月を経て、しかも十七人の乗組員は次々と異国の地に眠り、ロシア正教に改宗して残った二人を除くと、帰国できたのは光太夫と磯吉の二人のみという過酷な漂流譚である。

最初光太夫たちは、その運命を甘受するが、カムチャッカからオホーツク、ヤクーツク、イルクーツクとロシア大陸を故国とは遠く離れるばかりであった。しかし、そのようななかでも、光太夫は強固な意志で帰国の望みを捨てず、知己となったラックスマンの好意により、帰国の請願のためにはるばるとペテルブルグまで行き、女帝に謁見する。しかし、ようやくその望みをかなえて、帰国した光太夫を待っていたのは、鎖国政策を続ける徳川幕府による、故郷の伊勢に戻ることも許されない半幽囚であった。

あれほど強く望んだ帰国も「帰るべからざるところへ不覚にも帰ってしまった」という光太夫の思いは、ロシアという異国を見てしまった人間の悲劇とも言えよう。この小説は詳細な異国漂流記であるとともに、優れた歴史小説でもある。


トップへ
トップへ
戻る
戻る