佐々木譲


『警官の紋章』(角川春樹事務所)
『笑う警官』、『警察庁から来た男』に続く北海道警察シリーズの最新作。洞爺湖サミットの警備に向けて緊張する北海道警察に、特別警護の結団式を控えて拳銃を所持した警察官の謎の失踪が起きる。他方第1作で起こった覚醒剤密輸入事件をめぐる疑惑を追う佐伯刑事は次第に二つの事件を結びつけるような人物に迫ってゆく。

独立しても読める長編であるが、「道警最悪の一週間」にからむ事件とその中心にいて敢然とその疑惑を証言した警察官と応援者たちを描いた迫真の警官小説『笑う警官』(文庫化時に改題。改題前は『うたう警官』。うたうとは証言するという意味だそうで、分かり難いということから改題したようだが、本来の意味を喪失している)を読んでいないと、主人公たちの仲間意識や連帯感、さらには全体としての事件の全貌が見え難いきらいがある。しかし、担当大臣のSPに特別任命された女性警官小島百合と佐伯刑事、うたった警官津久井が、それぞれの任務を遂行しながら、担当大臣の狙撃、続いて起きた前北海道警察本部長の狙撃事件を鮮やかに解決するストーリー展開は、やはり作者一流の手腕が発揮されていて、一旦読み始めると止まらない面白さである。

このシリーズを通じて、いわゆるキャリアに対するノン・キャリア警官の意地が貫かれていて、真の警官は自分たちだという使命感が伝わってくる。また本作はとりわけ女性警官の小島百合の大奮闘と佐伯刑事に対する慕情、それに対する佐伯刑事のいかにも不器用な応対、周囲の仲間たちの反応も微笑ましい。
『制服捜査 』(新潮文庫)
佐々木譲の北海道警察シリーズ物に分類されるであろうが、主人公は異なる。北海道警察に起きた不祥事対応として、刑事畑でありながら、定期的な異動で田舎町の駐在警官に単身赴任した警官が遭遇する事件を描いた連作短編集。

日常どこにでもあるような事件とも呼べないような相談事や対応処理から、主人公が本来であれば職務外である捜査に制服警官としてたずさわり、意外な事件の真相に辿り着く展開は、淡々としながらも日常性のなかに潜む人間と組織の腐敗を抉り出していて、非凡である。この川久保という制服警官を主人公にした次回作『暴雪圏』は長編である。
『廃墟に乞う』(文藝春秋)
北海道警察を舞台に警察ものを書き続ける作者の最新連作短編集。この作品で作者は直木賞を受賞した。

ある事件をきっかけにPTSD(心的外傷後ストレス障害)となって休職中の刑事(仙道孝司)が、北海道内で起きた殺人事件の解決のために助力しながら、自らも復職に向けて回復して行く。休職中のため、そもそも警察手帳を持ち歩いていないから、捜査権限も、逮捕権もないという制約のなかで、丹念に現場を歩き、推理をすることにより、事件解決のヒントを得る。したがって、幕切れも派手さのひとかけらもないが、かえって余韻が残る。

全6篇中「兄の想い」「消えた娘」「博労沢の殺人」、そして「復帰する朝」ともに親子・兄弟の愛憎が主題となっていることも警察ものにしては珍しいしみじみとした味わいがある作品が多い。作者の力量が十二分に発揮された短編集である。
『暴雪圏』(新潮社)
おおむね三月の彼岸ころに襲来する大嵐を彼岸荒れというそうである。それが北海道北部では暴風と暴雪の組み合わせになって、雪が大地に吹き荒れる。幹線道路の交通はまったく遮断されて、小さな町は孤立することも珍しくないという。

前作『制服捜査』の主人公川久保巡査長が駐在所として勤務する帯広近郊の小さな町・志茂別町でも爆弾低気圧に襲われて孤立したなかで、遭遇した極限状況での事件。暴力団の組長の家を襲って現金強奪した犯人二人(一人は途中車に閉じ込められる)、出会い系サイトで知り合った男につきまとわれて殺意を抱いている人妻、うだつのあがらない会社生活と自分の病気に見切りをつけようと会社の金庫から現金を持ち出した中年の会社員、そして義父から逃げようとして親切な青年とであった少女、これらの訳ありの登場人物たちが多彩に絡み合いながら、暴雪に閉じ込められて、夫婦二人の経営するペンションで暖房もなく停電のなかレストランで恐怖の一夜を過ごす。交通が遮断されているから、強盗犯の指名手配をした警察も救援に行けない。地元の駐在警官川久保巡査は果たして救出が出来るのか?という設定がうまくきいていて、読むものを飽かせない。

ただ、物語の展開を追うのに一杯で、多くの人物像が必ずしも十分に描けているとはいえない憾みが残る。またクライマックスの暴風雪がやんだ翌朝の犯人逃亡と川久保巡査の逮捕劇も余韻を残したエンディングとも言えるものの、ややあっさりとした印象を受ける。しかし、そうは言ってもそれはこの作者だからという注文であり、駐在所勤務の警官を主人公にした異色の警察小説であり、一級のエンターテイメントである。


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