今野敏


『果断―隠蔽捜査2』(新潮社)
作者今野敏は既に多くの作品を発表しているヴェテラン作家と言ってもいいのだろうが、私は今まで接する機会がなかった。たまたま手に取った本作品の前作『隠蔽捜査』(新潮文庫は、「東大以外は大学ではない」とか「部下であっても決して信用してはならない」と考えている一見鼻持ちならない変人と呼ばれるような異色の警察キャリアを主人公にしているが、実は彼は国の治安を守るのがキャリアの使命だと信じて行動する人間であり、ある意味で不器用な人間である。その彼を主人公にした優れた警察小説になっていた前作品をすぐに読み終えてしまい、ただちにこの第二作にとりかかった。

これがまた前作を上回る傑作で、圧倒的な面白さに魅了された。キャリア警察官としては異例の降格人事で大森署署長として赴任した竜崎は、管内で起きた強盗事件の容疑者の立て籠り事件に遭遇する。現場へ出た主人公の指揮のもとで警視庁捜査一課特殊班(SIT)とSAT(対テロ部隊としての特殊部隊)がせめぎあうなか、人質救出に向けてSATが突入、犯人射殺で事件は解決したと見えたものの、その責任を監察官から追及されているうちに所轄の刑事のカンを取り上げて事件を再捜査したところ、意外な方向へ展開をするというストーリーである。

前作同様主人公の正しいことは正しいと主張する姿勢は変わらずで現場は戸惑うが、しかしそれは上に媚びへつらわないものだから次第に周囲も理解して、協力的になってゆくのはストーリーがスリリングで二転三転する展開とあわせて、読むものに快感を覚えさせる。唯一同期で私立大学出身の幼馴染である警視庁の刑事部長との微妙な友情と支えが、本作品での大きな魅力の一つになっている。さらに今回は「家庭のことは妻の仕事である」と任せきりだった妻の病気入院でおろおろする竜崎の人間的な側面も微笑ましい。しかし、その毅然たる態度は、やや理想的過ぎる面もあるが、特殊班の係長がいう「署長のような方がいらしてくれれば、日本の警察も少しは変わるかもしれません」という言葉は妙に説得性がある。
『疑心ー隠蔽捜査3』(新潮社)
今野敏の好評の隠蔽捜査シリーズの第3作目。前作『果断』に続く快調なシリーズである。警察内部では変わり者として通っている警察庁キャリアの竜崎伸也は、異例の異動で大森警察署の署長で着任してからも、現場に出ることを第一にして成果を挙げている。その竜崎が米大統領の来日に備えての警備体制で、これまた異例のことながら署長のままその方面を管轄する第二方面本部の警備本部長の任命されたのである。身分はいくらキャリアの警視長でも、言わば課長がその部を統括する部長になったようなものである。

米大統領の来日を狙って暗殺テロが企てられているという情報から米大統領のシークレット・サービス(SS)が事前準備のため来日し、竜崎の方面本部へやってくる。そのSSは持ち前の情報分析力から羽田空港が危ないと空港封鎖を頑強に主張するから竜崎は自ら対応せざるを得なくなる。。しかも、警察庁から竜崎の秘書として送り込まれた美貌の女性キャリアに唐変木のはずの竜崎が恋心を抱いて懊悩するという、今まで以上に主人公竜崎に人間味を感じさせるストーリーになっていて、一気に読ませる。幼馴染の警視庁刑事部長伊丹や大森署の戸高刑事も前作同様個性的な魅力を発揮していて健在で、竜崎を助ける。アクション&ミステリー作家として作者の手腕には脱帽する面白さである。

ネタバレになるので詳しくは書くことが出来ないが、テロ組織摘発までの終盤は痛快である。そして竜崎の恋の行方は?これはまた家族小説でもあることを書き添えれば十分であろう。ご興味を持たれた方は是非このシリーズを一読下さい。
『初陣―隠蔽捜査3.5―』(新潮社)
今野敏の「隠蔽捜査シリーズ」、「3.5」とあるのは短編集だからと単純に考えていたら、良い方に裏切られた。隠蔽捜査の主人公はキャリア警察官僚である竜崎伸也、何事も原理原則を貫き、言わば変人として通っている。その同期入庁で小学校が一緒だった幼馴染である警視庁の刑事部長である伊丹俊太郎が息子の不祥事の責任をとって大森警察署長になった竜崎を助けて事件解決をするシリーズの短編集は、伊丹俊太郎の目から見た作品集なのである。

しかも、全八編の短編は発表順ではなく、福島県警刑事部長から警視庁刑事部長へ栄転してくる作品から、時系列に並び替えられている。したがって、最初は竜崎は警察庁の広報室長であり、長官官房総務課長と栄進し、さらには大森警察署長へと異動している。しかし、竜崎はどんな事件に遭遇してもその基本姿勢と信念がぶれることはない。どの作品でもある意味では組織の壁にぶつかり悩む伊丹の相談を、無愛想な応対ながら受けて、ヒントを与え、また解決することにより救うのである。

伊丹の視点から見た竜崎伸也像であり、だからこそ「3.5」なのである。見事な構成の妙であり、これによって「隠蔽捜査シリーズ」の3作品もより立体的になる。伊丹の方は幼馴染と思っていても、竜崎側ではいじめにあった記憶しかない。だから竜崎はとくに親しいわけでもない、と言いつつ「休暇」では休暇中の伊丹を、「懲戒」では伊丹の部下の不祥事を、そして「病欠」ではインフルエンザに罹った伊丹を、それぞれ手助けするのである。竜崎と対立した野間崎管理官との手打ちになりそうな「静観」も何事にも動じない竜崎の面目躍如である。

全八編、すべて漢字二文字にタイトルになっているのも洒落ている。これは「隠蔽捜査シリーズ」とともに是非読んで欲しい短編集である。
『転迷ー隠蔽捜査4』(新潮社)
大好評の今野敏「隠蔽捜査」シリーズの最新刊。「4」とあるが、スピンオフの「3.5」もあり、実質的には第5巻目にあたる。

主人公の竜崎伸也は息子の不祥事で大森警察署長に異動になっても正しいことは節を曲げないで実行する異色のキャリア警察官僚である。その合理性に徹した発言は時として相手に不快な思いをさせるのではないかと読む方もハラハラするほどであるが、国家と国民を守るという正義を貫こうとする姿勢には揺るぎがないから、胸がスーッとする。「変人」キャリア官僚は本書でもますます快調である。

今回は大森警察署管内でおよび近隣で起こった四つの事件が同時に大森署署長・竜崎伸也に降りかかり、しかも被害者が外務官僚であったため外務省と、また麻薬捜査の関係から厚生労働省の麻薬取締管との摩擦が生じてくる。警視庁刑事部長である盟友・伊丹俊太郎とのコンビも相変わらず息があっていて、そのやり取りは時としてニヤリとさせられる。捜査を進めているうちに次第に竜崎伸也に情報が集まり、一手に指揮をとる羽目になる。その間を縫って、長女の交際相手が海外で飛行機事故にあったのではないか?との問題も起きて、父親らしい気遣いと行動も微笑ましい。

複雑な警察組織と他省庁との軋轢をものともせず、もつれた糸を解きほぐし、捌いてゆく主人公の姿が爽快であるとともに、生きるためのパワーをもらったように勇気づけられる。



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