夢枕獏


『瀧夜叉姫』(文春文庫)
陰陽師シリーズの最大の長編だけあって、読み応え十分の面白さである。

冒頭から百鬼夜行で、おどろおどろしい場面が続くが、まだ師についている若き晴明の姿も見ることが出来る。そして、京の都であやしい事件が頻発して、同じ陰陽師である師の息子賀茂保憲に請われて、晴明が博雅とともに事件の解決に乗り出して行くが、今回の事件のスケールの大きさは並大抵のものではない。タイトルから想像されるように、やはりこの時代から二十年前に東国で新皇を称して乱を起こして敗れた平将門が一方の大きな主役であり、その蘇りを策す一団と意外な影の主役が明らかになってくる。

俵藤太と呼ばれた藤原秀郷、小野道風、平貞盛など当時の名だたる人々も登場し、将門との因縁が大きなクライマックスに向かって行くさまは、手に汗握ってしまい、読み始めたら途中で止めることが出来ない。とりわけ俵藤太の豪傑振りと将門との男の友情が強く印象に残る。将門の娘瀧夜叉姫が父を思う気持ちは同じだが、歌舞伎の『忍夜恋曲者』とはイメージが異なる心優しい姫であるのも、この小説唯一の女主人公であるだけに、救われる思いがする。

もちろん、晴明と博雅、そして道満もいつも通りの活躍を見せるが、今回の主役たちの運命の壮烈さには、脇役と言ってもよいくらいである。まだまだ書きたいことは山ほどあるけれども、ネタバレになってしまうので、陰陽師ファンは言うに及ばず、時代伝奇小説好きの方には、絶対お薦めの本であるとのみ言っておきたい。


『陰陽師 天鼓ノ巻』(文藝春秋)
あの稀代の陰陽師安倍清明が、源博雅とともに3年ぶりに帰ってきた。しかも、今回は琵琶法師蝉丸も登場する短編が多い。平安の都に跳梁する魑魅魍魎を明快に解き明かす清明も笛の名手博雅も変わらないが、全7編の短編は長短あり、いずれも多彩である。そこには人間として生きる哀しみも喜びもあり、優しさも憎悪もある。しかしそれらをすべて温かく包み込むように清明は屋敷の簀子の上に座して、博雅と酒を酌み交わし、季節の移ろいを愛で、清明の笛と蝉丸の琵琶を楽しんでいる。

制咤迦童子に落ちた霹靂神(はたたがみ、雷)が、笛と琵琶の音に惹かれて、二人にあわせて鞨鼓を「てん、てん、ててん、ててん」と空で楽しそうに叩く『霹靂神』は短いながらも本短編集の白眉である。いつもながらの村上豊の見事で愉快な装画・装丁はこのタイトル「天鼓ノ巻」をずばりと表していて、秀抜である。



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