大沢在昌


『狼花 新宿鮫IX』(光文社)
大極宮の大ボス大沢在昌の出世作となった新宿鮫シリーズの第9作目、しかも前作から5年半経過しての待望の新作である。警察キャリアでありながら、警察内部の抗争に巻き込まれて、出世の階段から外れて、新宿署の遊軍の警部となった鮫島を主役とするハードボイルド小説。組織から孤立しても、ただ一人警察官としての己が信念を貫き通すため、獲物を追い詰めるように捜査に邁進する姿はまさに孤独なヒーローそのものである。実際の警察組織のなかでこのような警官が存在できるとはとても思えないが、それだからこそ逆に読む方から見れば、はなはだ格好いい主人公である。

今回は新宿管内を舞台にしながらも、増加しつつある外国人犯罪集団と大手に収斂して来た広域暴力団との贓品の故買市場をめぐっての対立を軸に、鮫島と同期のキャリアが暴力団を使って外国人犯罪者を駆逐しようと画策することに敢然と立ち向かう鮫島の活躍を描く。従来の作品に比べて、元公安の警察官からスピンアウトしたアウトローを登場させて都市学や第三世界の外国人労働者問題を議論させるなど各段に視野が広がっている。しかし、その分ハードボイルドとしての面白さが先行作品より後退している印象があり、今までのの面白さを期待する向きには少々肩透かしをくらう点もある。鮫島自体血の気が少なくなっているようで、こんなに思慮深かったかな?と思うところもある。恋人のバンドのヴォーカリスト晶とも距離をおきはじめていて、彼女の影も薄い(もともと彼女の言葉遣いからして、荒っぽいのはやや作為的で好ましくない)。

だが、同期のキャリアの香田と鮫島とは考え方も行動もまったく相反しているが、警察を思う熱い気持ちには変わりはなく、立場を超えて奇妙な友情すら感じられて、ラストシーンまで二人の動きには目を離せない。アウトロー間野総治の中国人明蘭に対する父性愛的愛情と、それを受け入れず暴力団幹部への愛に走る明蘭の逞しさには少々ひっかかる部分もあるが、今回のストーリーの骨格をなす重要な点かもしれない。全体としてはやはり期待を裏切らない面白さだった。

ライヴァル香田が去り、晶からだんだん離れていった後、新宿鮫―鮫島は何処へ行く?
『絆回廊 新宿鮫]』(光文社)
大人気シリーズ『新宿鮫』が前作の『狼花 新宿鮫IX』からおよそ五年ぶりで帰ってきた。第10作目『絆回廊』である。第1作が1990年刊行だから、本シリーズもすでに21年目経過していることになる。もっとも鮫島たち登場人物はそれほど年齢を重ねているわけではない。今回は節目の10作目。大いに期待して読み始めたが、鮫島警部が麻薬密売人から得た情報をもとに長期刑を終えて出所した大男のアウトローを追いかけるうちに、錯綜した人間関係が徐々に収斂されてくるスピード感ある展開は息をもつかせない。

この大男が正体を現すまでに、謎の若手中国人実業家、バーのマダム(?)、暴力団の幹部、そして鮫島の恋人晶、よき上司桃井、ライヴァルである香田などが濃密に絡み合い、彼らが多くの絆ーつまり親子、恋人、上司、恩人関係で複雑につながっていることが分かってくる。

衝撃のラストで鮫島は一番大事なものを二つもうしなってしまう。しかし一匹狼として捜査活動にあたってきた彼を署長はじめ新宿署が一体となって守り立ててゆこうとする温かい言葉に、「たとえどうなろうと自分にできることをやるだけだ」と前進することを誓う。このラストは本書が新宿鮫シリーズの集大成であるとともに、また新たな出発点ともなることをも示唆しているようにも思う。

新宿鮫シリーズの以前の作品を読んでいる方には言うまでもないが、読んでおられない方にも上質のハードボイルドとして是非ともお薦めである。



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